祝!フリーソフトウエア運動40周年

Free UNIX!

で始まるRichard M. Stallman (以下Stallman)の"new UNIX implementation"というタイトルの記事が1983年9月28日に投稿されました[Stallman 1983]。 当時のネットユーザ一般へのアナウンス/公式デビューです。 この投稿の時点で、 すでに開発を始めていたので、 作業開始から40年ということではありませんが、 われわれの記念日ではあります。

そういうわけで、今回(2023/09/28)は、祝!フリーソフトウエア運動40周年です。

1983年はhackerの悪名が爆上がり

1983年は、インターネットおよびUNIX業界にとって忙しい年です。

Arpanetは正式にTCP/IP運用へ移行しました。 そして バークレイ(カルフォルニア大学バークレイ校)は、 ARPAと契約して開発してきた4.2 BSD UNIXを夏にリリースしました(本シリーズ第003話を参照)。

UNIXがらみでは別の動きもあります。 司法省との和解が見えてきたAT&Tは、 ソフトウエア産業へ参入(つまりUNIXの販売)を始めます。 これがSystem Vとして知られる商用UNIXです。

世間的には、ハッカーという単語の知名度が一気に上がった年でもあります。 ただし、悪い意味で。 ハッカーという単語自体は、サブカル方面では10年以上前から知られています。 代表例がStewart Brandの「SPACEWAR」(1972)という雑誌ローリングストーンの記事です。 しかしながら、 1970年代では広く一般人が耳にする単語というわけではなかったでしょう。

1983年の夏には映画「ウォーゲーム」(WarGames)が公開されています (注:日本での公開は1983年末)[WarGames 1983]。 高校生(?)が、 ペンタゴンに侵入し、 核戦争シミュレーションゲームで遊んでいるつもりが、 それは本物のシステムで、現実世界では大変なことに〜というストーリーですね。 (これ、 Ender’s Game (長編ではなく、オリジナルの短篇の方)をリスペクトしてますかね? でも、だいぶ違うか。。。 ) たとえ、先行する元ネタがあるとしても、 1983年ごろには、 こういう映画の製作にGOがかかるくらい 「ヤングなコンピュータいたずらっ子が社会問題になるほど増えてきていた」 ということでしょう。

ちなみに雑誌NewsWeek 1983年9月5日号の表紙にhackerという単語が登場しています。 この号にはカルフォルニアで電話を不正利用した子供の記事がありました。 これが、一般向け雑誌でのhackerという用語の初出らしいです。

いずれにせよ、悪い意味でハッカーの知名度が爆上がりした年でした。

GNU Bulletin 1994-06(実物)

これは手元にある当時の配布物(A5サイズ)です。 どこでもらったのかの記憶は曖昧ですが、 たぶんStallmanが日本に来て講演とかしたときにもらったものではないかと思います。

写真(下)には、 GNUソフトウエア紹介ページ群の最後と、逆引きINDEXの最初のページが写っています。 これは便利ですね(現代の人に否定されそうです;-)

すでにWWWもNCSA Mosaicブラウザ(第001話を参照)も存在していましたが、 まだまだWWWをみて情報を探すような時代ではなく、 このようなコピー誌と月刊誌(UNIXマガジン)、あとメールとネットニュースの4つで、 ほぼ世界の全てでした。

情報のdelayが1-2日くらいあっても普通という、 まったりとしたネットワークです。 平和で、いいですよね〜

ネットニュースはSNSの御先祖様と考えてもらって良いと思います。 今風に言えば、ゆったりとした分散SNSという説明が近いですかね? (30年くらいすると技術が一周して分散SNSに流行が戻って来たよね? (遠い目をしている) )

width240px width240px

ちなみに日本語訳はSRAの引地夫妻で、印刷はビレッジセンターと書いてあります (おぉVZエディタ!)。

GNU Bulletin創刊号を見ながら当時を振り返る

せっかくなので、 最初の刊行物「GNU’S BULLETIN Volume 1 No. 1」[FSF 1986]を読みかえして、 当時を振りかえってみましょう。

			       Contents

Gnu's Zoo							     2
What is Gnu Emacs						     3
Version 17 comes with its own doctor				     4
How to get Gnu Emacs						     4
Status of Gnu Emacs on Various Machines and Systems		   5,6
A Sample .emacs File						     7
What is the Free Software Foundation?				   8,9
Gnu Status						      10,11,12
Some Arugments for Gnu's Goals					    13
Wish List							    14
Free Software Foundation Order Form				    15
Thank Gnus							    16

のちのBulletinと構成は、ほぼ同じです。 GNUの理念の説明にはじまり、3頁目くらいからは技術の話題が続いていきます。 最近のGNUソフトウエアの開発状況や一覧が続きます。 もっとも創刊号ではEmacs特集のようになっていますけれど。 あと、最後の方は、Wish List、オーダの仕方、謝辞などです。

ここで、オーダとは、ソースコードなどをテープ等で発送してもらうこと。 ネットワークアクセスが不自由なユーザ向けです。

1990年代前半くらいまでテープのやりとりは普通のことでした。 Slackwareのテープが郵送で回ってくるとかもありましたよね?:-)(遠い目)

注文すれば、 テープでソースコードやバイナリを送ってもらうことが出来ました。 印刷済みマニュアルなどもありました。 また個人向けと会社向けで異なる価格設定です。

もちろんネットワークにアクセスできれば原理的には同じものが手作りできるのですが、 あえて、 そういったCDやマニュアルやグッズを購入してGNUを応援するとか、 このオーダの際、 発送依頼の郵便物に(返送料金に加えて)2〜3ドル寄付をいれておくといった応援のしかたもありました。

GNU動物園

冒頭は「GNU動物園」。創刊号は、けっこうノリノリです。

Stallmanはヤマアラシ、最後の真のハッカーでGNUプロジェクトの創設者

以下、動物にたとえるとなんだろう?のGNUメンバー紹介が続きます。

ここで真のハッカー(true hacker)は、 もちろんMIT hackersの伝統に連なるhackerの最後の一人ということです。 この創刊号は1986年なので 「Free UNIX! 〜」の記事投稿から創刊号までに2年半ちかくあります。 前述のように1983年には悪い意味でhackerの知名度が上がりました。 一方、 1984年にはSteven LevyのHackersという書籍が発売されました[Levy 1984]。 こののち、この本はHackersについて語る際の基本文献となります。 Hackersの最後のほうはStallmanの話なので、 もちろんStallman自身もLevyを知っているし、 この本を踏まえてThe last of the true hackersという表現をしているのでしょう。

Steven Levy「HACKERS」について(脱線)

ところで、少し脱線しますが、 Hackerの話が書いてある本の多くが、 Levyの本を基本文献としている(これより前に遡らない/遡れない)危うい世界であることは、 覚えておいてほしいと思っています。

私は、かってに「インターネット古代史」と呼んでいますが、 それは、 このように、 「このローマ帝国の本、文献にモムゼンしか書いてないけど、まぁしょうがないか〜」 みたいなところがあるためです (注:モムゼンの「ローマ史」という有名な基本文献があります。ハードカバーで4巻)。

そもそも、このHackersというMIT hackersへのインタビューを元にLevyが再構成した本は、 1980年代前半に「30年くらい前をふりかえり語ってもらった」内容をまとめたものです。 いろいろ美化されてそうです。 そんなに証言者の内容を信頼してよいものなのかと。。。

Wish List

どのBulletinでも似たようなWishを書いてはいますが、 この創刊号みたいに、 ここまで露骨に、金、金、金とは書いていないです(w) (これは、 モンティパイソンの Eric Idle 作のスケッチだとおもって読めとか、 なんか暗黙のなにかがあるんですかね。。。?)。

			      Wish List


There are various thing which project GNU and the Free Software
Foundation can do with the donation of:

* Money

* A modular, customizable, optimizing, free or public domain C compiler
with source.

* Money.  Salary for two more full time programers.

* Equipment to keep them busy on.  Or a 68xxx or 32xxx based system
with one meg or more of memory and 80meg of disk storage would
do.

* Money

* Office space of our own.

* Money

* Dedicated people, with C and Unix knowledge, especially those with
a local (Cambridge and surrounds) address.  We have utilities for
programmers to program.  We have documentation for dedicated people to
write. 

* Money

わたしたちにとってのフリーソフトウエア

現代から見て、どうこうではなく、その時代のコンテキストで語りたいと思います。 これは、このシリーズの基本方針です。 ちなみに、前述のように限られた情報源の世界(まだwww.gnu.orgもありません)で、 生きています。

フリーソフトウエアの意義を語るくだりも少しずつ改良されてきているので、 創刊号ではなく、 上の写真にある1994年6月号をみてみましょう。

As a student, you can copy programs for your friends, and do good by doing so. If you are poor, you can copy and use the same software used by the rich; and if you are rich, you can contribute your improvements to the common heritage. If you are ignorant, you can learn. If you know a great deal, you can help others. … (1994年6月のGNU Bulletin “What Is GNU?“節より)

(何度か長い文章を書いたり消したりしたものの)結局のところ、 これがすべてではないでしょうか。

どんな共同体にも良い面と悪い面がでてきてしまうわけですが、 大前提として、 そもそも人は善いことを求めるはず(438A,脚注1)で、 そういった人々の共同体でなければ、まともな共同体は成立しないはずです。

欲しい人がソースコードを入手できること、ソースコードで勉強できること、 改善できること、 それは良いことだし、 その(配布できる)行為そのものが良いことです。

ソースコードとは、ものすごい時間が投入された産物です。 バージョン管理履歴こみのソースコードでは、 試行錯誤や失敗の後も追跡できます。 そういったもろもろの知識の集積、 時間の地層全体が「未来への遺産(heritage)」です。 フリーソフトウエア運動という想像の共同体(Imagined Community)は、 みんなで未来へ送るタペストリを編み上げているのです。 糸一本でいいから編んでいこうよ!と。

キャリアにつながるとか何とかそういうことではなく、 未来への遺産を書きつづり続けているのだと思ってる気がします。

遠くても、遠くても、それはムーサヘささぐ祈りのように…

リファレンス

脚注

(1) プラトンの引用は伝統的な記法(ステファヌス版のページ数と段落番号)に従っています